最近思ったこと

受験勉強が終わると自分が何をすればいいのか分からなくなった。もちろん行列や英語、ドイツ語、プログラミング言語などといった大学での勉強を予習すればいいし、やることは沢山あるのだが、どうも気が入らない。(そもそも大学の勉強に予習してくる人はいるのだろうか?)

というわけで2週間近くかなり非常にとても暇である。(大学の入学手続きや引越しの準備などもあるがそれ以上に何もしない時間が多いので暇であると言えるだろう)

大抵はスマートホンをいじって時間を潰す。主にtwitterYouTube、ゲームなどをする。少し前までは読書をしたりしていたが、家にいると家族の声が聞こえて集中出来ない。音楽を聴きながら読書は出来ないし、静かな場所(例えば図書館やカフェなど)へ行けばいいのだが外に出るのは面倒くさいし私服に着替えるのも面倒くさい。やはりパジャマが落ち着く。

このように僕は怠惰な人間である。ポジティブな言い方をすれば「インドア派」と言うのだろうか。しかし、おそらく多くの現代人がこのように暇を潰すと思う。(違っていたら失礼だが)

人間の余暇の過ごし方としてはインターネットやゲーム、越えられない壁の次に読書や睡眠、楽器を弾く人もいるだろうし、散歩やランニング、筋トレなど体を動かす人もいるだろう。

インターネットが現代社会にとって必要不可欠なものであることは言うまでもないが、インターネットから得られる情報は確かに有益なものなのか。僕はよくtwitterをするが正直どうでもいい情報に溢れかえっている(実際僕もどうでもいい情報を垂れ流している一人なのだが)。当然イキリや自慢といった種のツイートも見られ、不快になる。そういうツイートをいちいち気にしている訳でもないが、やはり目に入ってくると見てしまう。つらい。もう一度言うが僕もどうでもいいツイートをしている一人であるし、どうでもいいアカウントの一人である。(最近ではロボットや人工知能twitterのアカウントを運営しているといった情報を耳にしたことがあるが、一応僕は人間なのでアカウントを「一人」という数え方をした)

twitterとは自分の思ったことを吐き捨てる場所でもあるので、そういうツイート(自己顕示欲や承認欲求の塊)で溢れかえるのは当然だし、僕がどうでもいいツイートを見て、不快感をおぼえるのは当然だろう。何度も言うが僕も"そういうツイート"をする一人である。

その解決策はtwitterを辞めることだろう。しかしアプリを消すだけではブラウザから開いてしまう。やはりアカウントを消すことが1番である。一度アカウントを消してしまうと「消したもの」を復活させるのには何らかの手間が必要な感じがして効果があると思われる。(実際には消去したtwitterアカウントを復活させるには30日(40日だったかも)以内にログインすればいいだけなのだが、上にも書いたように"感じ"が重要なのだ)

しかし実際に自分が今所有しているtwitterアカウント(計4個)を全て消去できるかと言えば、答えはNOだ。それだけ自分はtwitterに依存してるし上に書いた"そういうツイート"をして孤独感などを解消している。

本当に情けない。

最近「スマホを置いて、本を読もう」という言葉をよく耳にする。だれが考えた言葉かは知らないがよく耳にするし、よく目にする。やはり余暇を過ごすには読書が1番ではないかと僕は考える。作者の感性をそのまま文字にしたような小説(これは小説のカテゴリや作者の文才によるが)を読むことで心が豊かになり、新書や学術書を読むことで知識や知恵を身につけることができる。古典を読むことで先人の考え方や思考を読み取ることができるし(訳の分からないものもあるが)、ちょっと背伸びして哲学書を読むのもいいかもしれない。ライトノベルはどうでもいい。

(「スマホを置いて、本を読もう」とはあるが最近ではスマホ電子書籍を読むことができる。実際に僕もKindle青空文庫や安売りの小説などを読んでいるし、○経新聞のデジタル版も購読している。しかし電子書籍を本と呼ぶかは定かではないので、ここで言う"本"とは"紙の本"という解釈をした。)

今までつらつら、たらたらと書いてきたが、そういうわけで余暇に読書をしようと思う。積読はあるが、やはり新たに購入した方が気が入る。しかし最寄りの書店が去年閉店したため、20分以上自転車を漕がなければならない。やはり面倒くさい。結局怠惰な自分には勝てないのである。

 

本当に情けない。

 

 (結局Kindleでドイルの短編集を買いました)